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院長の紹介




平山歯科院長

院長 平山 健 (ひらやま けん)

略歴
1960年 ニューヨーク州ブルックリン生まれ
  • 昭和大学歯学部卒業。歯学博士
  • クリスチャン・メディカル・ネットワーク世話人

 
歯科医療と福音

  東京神田で16年が過ぎた。ようやく、いろいろな面で落ち着いて来た様に感じる今日この頃であったが、何か心が乾いていた。そんな時、獄中 でイエス・キリストに出会い、変えられた二人の方が患者として紹介され て、平山歯科を受診された。突然のことで正直、不安感もあったが診療を 通して彼らと接しているとその信仰に対する純粋さと熱心さに心打たれ、 不思議に私の乾いた心は潤っていった。そして、彼らから普段なかなか聞 けない獄中の話や、彼らのイエス様との出会いを聞き、私は感心したり驚 いたりもし、彼らに次第に親しみさえも感じていった。

彼らは、歯科治療を受けることに誰よりも熱心で、毎回治療後は大変感 謝して喜んでくれた。歯医者になって長いが、今までこんなに素直に喜ん でもらい、そのことがまた私の喜びに感じたことはあまりなかったように 思う。このことが神の恵みで主に在る人と人との医療における絆なのだと 感慨深い。この出会いを通して、改めてクリスチャン歯科医師になって私 は幸せだと思う。主に感謝します。

いろんな誘惑の多いシャバに比べて獄中の方がある意味で遮断されてい る分、無になれる場所で神の存在に気づきやすい環境なのかもしれない、 と彼らと話していて私は思った。クリスチャンになって長く、そしてシャ バしか知らない私にとって、今、大きく変えられた彼らの生き方は眩し く、襟を正される思いである。

今の日本では報道されているように、出所されるところの受け皿が十分 でないために不幸な事件がたびたび起きている。彼らは言う!「獄中にい る時にイエス様に出会わなければ誘惑の多いシャバでの真の更生は難しい と!」獄中の人に福音を伝える働きと出所者の受け皿を担う“マザーハウ ス”という働きがこの夏に彼らを中心に立ち上がった。さて、私には何が できるだろうかと考えさせられ、祈っている。私は思う。私が思春期の 頃、将来に対する不安やプレッシャーからプチ不良となり親や周りの人に 迷惑をかけた時期があった。たまたま獄中に入らなかっただけで、何も違 わないかもしれない。しかし、ナビゲーターを通して大学生の時に福音に 触れ、今までの罪を悔い改め、クリスチャン歯科医師になり、現在お話し してきたような体験をしているのは神の導きで、意味があることなのだと 感謝でいっぱいである。私は乾いていた私の心に潤いを与えてくれた、ま だ始まったばかりの彼らの働きである“マザーハウス”働きを微力ながら 応援していきたいと願い、祈っている。

これが現在の私の生きた「歯科医療と福音」の証しで、心から喜びを感 じている。「喜ぶものと一緒に喜び、泣くものと一緒に泣きなさい。」 ローマ12:15

 
心を、キリストに似た者に

  私が「歯科医療と福音」をヴィジョンにかかげて、東京・神田で開業して11年が過ぎました。平山歯科が多くの方の祈りに支えられてここまで来たことに心から感謝しています。
 今までの歩みを振り返った時、決して順風満帆ではありませんでした。開業当時から医療界は、病院数の増加や患者数の減少、医療費の削減など厳しい現状にありました。その上、歯科助手、歯科衛生士不足では苦戦しました。今の、医療界には、医療者にとっても希望が持ちにくい現状が多くありますが、それらの現状の奥底には、神様からの深いメッセージがあることに気付かなければならないと感じています。

 最近、二つのセミナーに参加しました。一つは、医院の経営改善セミナーで「明日から結果を出す仕組み創り」というテーマでした。それは、以前から読んだり聞いたりしていたハイテク利用、優秀な人材選びなどを中心にした内容とは大きく異なっていました。講師は、「真心」が最重要であることを、すでにいろいろな分野で成功を収めた実績を例にあげ力説していました。
 もう一つは、クリスチャンのための「エリヤハウス」というセミナーです。そこでは、現在の自分の人格形成が、子どもの時に両親や周囲の人から受けた影響によって強く形成されていること、そして、それが成人したクリスチャンが自由に生きていく妨げとなっていることを示し、その過去のまだ手放していない領域を探り見つけることの大切さを教えられました。そして、その気付いた妨げの一つひとつを、十字架に付けていく作業が必要であるという内容のセミナーでした。

 この二つのセミナーに共通していることは「心」です。
 私はこの二つのセミナーから、現在の自分の心が、どこから来て、今までどのように扱われたか、今、そしてこれから周りの人にどのような影響を及ぼしていくのかを知ることを考えさせられています。これが今の私にとっての大きな課題です。
 私には、まだ心から患者さんやスタッフと接し切れていない領域があります。現在、格闘中ですが、私は私の罪のために十字架にかかって、死んでくださったイエス・キリストを仰ぎ見つつ、「歯科医療と福音」というヴィジョンを持ったキリストに似た歯科医師になっていくことを目指して、いきたいと願っています。
 いろんな面で未熟さを感じますが、主が今、この点に気付かせ、日々学ばせていただいていることを感謝しています。
 わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたの知らない、理解を超えた大いなる事を、あなたに告げよう。エレミヤ?33章?3節